前回の記事【体験談】の部分で、ご本人の体験談の前の解説部分を訂正・削除しました。
読まれた方の中には、不安を感じられた方がいらっしゃると思います。ごめんなさい。

悩みがあるけれども、セッションを受けることは金額的に難しいという声を時々いただくこともあり、似た悩みを持つ方に、お金を払わずとも、読むだけで少しでも疑似体験をしていただけたらいいなと、私のケアテイカー(世話をする人)パーツが先読みして、勇んで付け足した、という経緯があります。

配慮が足りずに紛らわしい形で書いてしまったので、かえって不安を増す形になったこと、本当に申し訳ありません。

ただ、誰にも分かってもらえないと思っている悩みが、実は人として普遍的なものであったり、似た体験をした者同士だから分かり合える、支え合える、お互いの存在をより愛おしく思える というのが、自分の体験も含めて、癒えていく過程で起きて行くことだと感じています。

何が言いたいかというと、少なくともあなたは一人ではなくて、あなたのことを深く分かろうとする人間が、不完全でもこうして(私として)存在するし、仲間も見つけられるし、何よりもあなた自身(セルフの状態)が、悩んでいるあなた(パーツ達)のことを一番分かってあげられる。そしてあなたの『いのち』は、より大きな集合的な『いのち』としっかりとつながっている ということ。

自分のことで言えば、小学生くらいから、自分の言葉や行為が誰かを傷つけるかもしれないと恐れて、できるだけ誰にも影響を与えないように、生きようとしていました。実際は逆で、重苦しい空気のように、周りに影響を与えてきたのですけどね。周りの辛さをスポンジのように取り込んで、それをただ抱えていることが、相手を理解することだとも思っていた。でも、現実は、ただの『暗い子』だと、親にまで疎まれる、と踏んだり蹴ったりだった。

IFSを知らない時は、そんな自分を責めて、なぜこんなに辛いのか?この辛さから生きている限り逃れられないのなら、生きている意味ないんじゃないか?そもそも、人間が生きるために、いくらきれいごとを行っても他者や動物、環境から奪い続けて行かなければならないのなら、自分という存在を殺さない限り、辛さから逃れられないと、見えない鎖にがんじがらめになっていました。

今は、そんなパーツ達のもがきや苦しみを、温かく、愛(セルフの状態)でホールドすることができることができるようになっています。気持ちの切り替えも早くなり、失敗してもそこから回復して行けると、プロセスの中に信頼して委ねながらベストを尽くす、という方向に自然と向かいます。

私は50代ですが、もっと若いうちにIFSを知って、セルフに信頼して生きることが身についていたら、人生はどう変わっていただろう? と思うこともあります。ただ、 それは後悔というよりも、これから残された時間をどう遣って行きたいか、自分のいのちをどう生かしていけるのか?という好奇心と希望がともなっています。他に付け加えるなら、死ぬことや、失うことへの怖さが薄れてきている一方で、まだまだ生きていたい、という強い理由も持てるようになりました。

何より、地球のためには、人間という害獣が消えてしまえばいいと密かに思っていたところから、

この不完全な人間である私たちの弱さや醜さも含めて、愛おしい存在だと、叫びたいほどの愛が湧いてくるようになるとは、過去のわたしは想像もできなかった。

と、こんな私でありますが、もし良かったら、あなたの応援団の一人として、加えていただけたらと思います。信頼する、肩の荷を下ろすという練習を、まずはあなたと私の二人で、少しずつでも積み重ねることによって、そこにある、より明るい未来が、あなたに手を差し伸べるために近づいてくると知っているから。

かけがえのないあなたへ。これで、少しでも想いが伝わることを願って。